2015年12月02日

ダムに消えた村@モノクロ写眞

わしわ「昔の生活」を、モノクロ写真で見るのが好き。

「ハレ」の日の、
外套やスゥツを纏って
駅やら船を待つ人たちの…晴れやかな、でもちょっとしゃちほこばって「写眞」ナルモノに構ぇた画像も楽すぃが

普段着の、つまり「ケ」な空間を垣間見るのわ…とンでも無くワクワクするンょ♪

其ンな「ケ」が有った、馬路村の道の駅。
つまり「五味隧道」が見通せる場所で。

ものすごく熱心に教えてくれた女史わ、ナチュラルな土佐弁っちぅ処にも萌える。

「川を挟んで…二つの鉄道があっちゅぅがデス!」

で。二階に誘われたワケぢゃが…

其処わ…ぅうん!「唸る」ホドの「写眞館」でも有り

森林鉄道の年表と、歴史を語るDVDも備ぇた「資料館」!でもあったン。
(((o(*゚∀゚*)o)))

写真群わ、

①「杣」(そま)=「木こり」。
②「森林鉄道」。
③「昔の魚梁瀬」。

の三つに分かれちょる。

「ケ」が好きナわしわ、とにかく③から離れられンかったょ。

だって。「魚梁瀬ダム」(着工1962。竣工1970。)に沈んだ村の風景に目を奪われたけんネ。

つまり。地元が誇る「魚梁瀬杉」を運搬する為に生まれた鉄道の「起点」ぢゃ!

杣が居り、其の家族が住まった…山奥に出来た一大集落。

生活の場が存在しちょったからにわ
「商店」有りぃの娯楽の「映画館」有りぃの…「町」。

◇◇◇

閑話休題。

其処らで、わしわフェイバリットな「東平」(とうなる)を否応無く思い出し…重ねる。

新居浜・「別子銅山」をネ。

彼の地でわ、やっぱり山奥に「坑道を拓く」人たちが居ったワケで

同ずぃく、其々の家族が住まう「町」が出来た。

やはり…人々の娯楽が必要な為「芝居小屋」が存在したンょネ♪

別子銅山わ、住友財閥だったからか「小学校」も在ったっけ。

◇◇◇

はい。
此処で、ちょっと「違い」が有るかな?

杣の村から離れて下の集落に在る小学校。

魚梁瀬の学童たちわ「集団下宿」にて学び
週末に「森林鉄道」に乗って帰省するン。
(此の時わ【客車】仕様)

でもどちらも「貨物主体」やけン。

とうなる資料館で見た「かご列車」。
森林鉄道の「列車」。

「命の保証わ有りません。」テキな文言も。

でも其の、にぎやかナこと。(笑)



別子「かご列車」わ小さい箱なので、搭載人数も限られちょったやろけど

全てが揃った「とうなる」も
其ぅでも無い「魚梁瀬」も

きっと。
コドモたちにとってわ「冒険」♪

て。
其の後よぅけ書ぃたのに…

全部消えとるが〰っ!
( ´;゚;∀;゚;)

また酔っぱらってきたので
(またか)

今日わ此処まで。
ふぅ。  
タグ :隧道


Posted by 花椒 at 18:32Comments(0)