2017年04月13日
トンネル茶屋♪

ヂツワ連休ぢゃった本日後日♪
またアルミ缶を持ってイオンに出向ぃたら…
嗚呼っ!なンちぅ晴天であるコトか!
ちぅワケでいそいそと揉み手をすぃながら乗り込む仔リス=ナイト1200。
ちったぁ落ち着けぇだ。
と苦言する己も居るンぢゃケド
たまぁるか!(土佐弁)
◇◇◇
昨日わ土佐に戴きに行ったマンホールカード。
香南市と須崎のンが未だょ。
が。今日わ「西」の気分っ!!!
此処で改めて告知する。
わしわ「下道派」デス。
(外道デワナイ)
フツ~の道を、ちんたら景色(昔からの看板とか棚田とか)を楽すぃみながら走る。
ひたすら走る。
だって絶対面白い♪
昔っから存在する道が三桁国道になったり、旧街道が県道とすぃて
でも地元のヒトたちにとってわ単なる「生活道」で使わりちょる。
其ンな道が「大好物」ナ花椒ですコンバンワ♪
( ^-^)ノ∠※。.:*:・'°☆
◇◇◇
「桜三里」。
或る年代以上の方わ
此処が松山に至る道。だとご存知カト。
高速道が未だ無かった四国でわ、讃岐から伊予に向かぅにわ
此の峠を選ぶすぃか無かったワケです。
「三里」とあるので、単純計算で「10キロちょい」。
めっちゃ短ぃや~ン!
ただネ。
雨量が或る限界を越ぇると「通行止め」になりますケン。
( ´∀` )b
阿波地方に於ぃても此の表示が現りる箇所数個。
気を付けな~
うんうん。
「東温市(旧温泉郡川内町)から西条市(旧周桑郡丹原町)に至る金毘羅街道(讃岐街道)の峠道の通称である。
名前の由来は、およそ700年以上前に源氏に追われた平家の残党、樫原源太季秋が辿りついた後、隠れ住み、平家の再興を願って毎年のように桜を植えていった説と、江戸時代、当時の松山藩士、矢野五郎右衛門源太が、吉野山のような名所にしようと囚人を使い、街道の三里(メートル法に換算すると約12キロ)の間に桜の木を植えさせたという説がある。
その後、千原鉱山の煙害、国道11号の整備や自動車の排気ガスの影響等による立ち枯れにより、桜の木は年々減少傾向にあったが、地元住人の保存活動により、春先には満開の桜が国道11号沿いを中心に咲くようになった。」
◇◇◇
はい。
其の桜三里を通ったのわ
川之内トンネル近くの「トンネル茶屋」さんが目当て!♪
ちょと数年前、寄ったン。
デモ、お決まりの「定休日」!
(よくある)
今日わ開ぃてマスかっ?♪
お腹と背中がくっつく直前。
はぁあっ!
開いちょるがネぇぃっ!

開ける。

で。冒頭の画像。
メインディッシュが二つも!
ボリュウミィな唐揚げと、冷しゃぶ豚肉。
お味噌汁がアツアツで、甘ぃ!ょ。
美味ぃ。
満足すぃてご馳走さま♪
出たら此方の気分にピッタリな

此方こそ
ご馳走さま♪

Posted by 花椒 at 20:30│Comments(0)